ななえ先生が日々健康な生活をおくるための ヒントを綴っています。ぜひ、ご覧下さい。

院長の部屋から~ストレス(その32)~
2012年2月
ストレスによる症例30
吹田氏の場合
吹田氏は50代半ばで大手企業の部長です。昨年の1月に同系の会社と合併をしました。そのためいっそう忙しくなりはじめた所に、東日本大震災が起こったのです。
気を遣うことが多くなりました。そして北海道や大阪への出張も毎週のようにあり、そのときには付き合いで飲む機会も当然多くなりました。
休日にはせめてもの気分転換になるかと、奥様と山に登ったりしていました。よくよく聴いてみるとゆっくり身体を休める日がありませんでした。
そして手や足の土踏まず辺りに痺れを感ずるようになりました。頚椎、腰椎のレントゲンを撮りましたが変わったところはありません。頭部のMRIも撮りましたが特に異常は見られませんでした。そのような症状が出て、当院へ来院したのは昨年の6月でした。
治療はもちろんのこと、自分でも身体を休ませ冷やさないようにとアドアイスしました。半年経った現在、痺れ感の場所が少しずつ移動しています。
出来るからと無理をせず、体をいたわりながら生活するよう、吹田氏も心がけているようです。

さて、「ストレスによる症状」は今回で終了です。
いくつか結果の出ない症例については、その折にご報告いたします。
ぜひ、悩みを溜め込まないようにお過ごしください。

 

院長の部屋から~ストレス(その1)~
2005年12月

私たちは自分で気が付かないうちにストレスを受けてしまうことがあります。 私は出張治療もしておりますが、人間だけでなく動物にもストレスが あることを出張先で目の当たりにしました。
木島さんのお宅にはフー子というグレイの猫がいました。可愛いく、 素直で艶もよくのびのびと育っていました。ところがどういう訳かその ネコの倍もあるような人懐っこい野良猫がそこのお宅に居着くように なってしまいました。ブブちゃんと呼んでいました。家に入れることは さすがにしませんでしたが、おうちの皆はやさしいので餌を与えたり 頭をなでたりしていました。このブブちゃんは大谷石の門柱の上にいつも 座って皆に可愛がられていました。
その頃からフー子に毛に艶がなくなり始めたのです。お庭にトイレをしに 行っても大慌てでかけもどってくるのです。ブブちゃんはだんだん 家の人の目を盗んでおうちのなかに入りフーちゃんを威嚇するように なってしまいました。フーちゃんは痩せて一回り小さくなったようでした。 食欲もありません。見かねて私はブブちゃんを他へ連れて行かなくては フーちゃんがかわいそうでは?と提案しました。そこの若奥様が8歳になる お嬢様と一緒に、野良のブブちゃんを籠に入れ、歩いて30分のところへ 置いてきました。
ところがです!二人が家に戻ってみるとブブちゃんのほうが先に家に 戻ってきていました。後日それを聞いた私は、夫と相談の上家につれて 帰りブブちゃんを家で飼うことにしました。さてフーちゃんはというと、 最初はおそるおそる外に出たりしていましたが、やがてのびのびして、 庭でもゆっくりお散歩したり毛並みも良くなりました。艶も出て丸々と 太りました。ブブちゃんは我が家で2年ほど過ごし、老衰で死んでしまいました。

 

院長の部屋から~ストレス(その2)~
2006年2月

月に一度お尋ねする川田さんのお宅に猫がいました。雑種ですが真っ白で大きな毛並みのよい雌ネコでした。名前もシロ。もう10年も飼われていました。お隣では大きな黒い犬を飼っていましたがこの2匹は子犬、子猫の頃からのお隣同士でしたからいがみ合うこともなくなんとなく仲良く育っていました。ところが黒い犬が死んでしまったのです。1年ほどしてお隣では今度はゴ-ルデンレトリバーを飼い始めました。子犬で、オチャメで可愛いく川田さんのご家族の方も一緒になって可愛がりました。子犬はシロちゃんにも親しくじゃれついたりしていました。しばらくするとこのシロちゃんの毛に張りがなくなりなんかボサボサという感じになってしまいました。部屋の隅のほうでじっとしていることが多くなりました。白ちゃんはきっと、もう年もとっていたのでじゃれ付いてくる犬が煩わしいでしょうし、またかまってもらえない寂しさもあったと思います。何ヶ月かたつと食欲もなくなりとうとう死んでしまいました。一度シロちゃんは寂しいのではないかしら?と言ってみたのですが川田さんにはわかってもらえませんでした。
前回に引き続きネコちゃんのお話をしましたが、回答をもらったわけではないのでネコの本心はわかりかねますが、断続的に60年以上も猫を飼ってきた私としては猫の気持ちからあまりはずれてはいないと思います。
さて私達人間の場合はどうでしょうか。治療家として25年の経験をもち現在に至っていますが、明らかにストレスによるものと思われる症状で悩んでいらっしゃるかたの多いことに驚かされます。これから順次ご紹介してゆく予定です。その症状あるいは思い当たる原因がお読みになった方と同じようなものがあったら、その症状が緩和される可能性があることを知っていただけたればよいと思います。
次回からご紹介していく患者さんたちは現在これらの症状から開放されていらしゃいます。治療の回数は何回かかったということはそれぞれ症状があらわれてから来院するまでの長さによって異なります。基本的には症状が現れたらできるだけ早い段階で来院されることをお勧めします。

「治療を受けながら日常と異なる癒しの空間に身を置くことはかなりの効果を期待することが出来ます。是非お試しください。」

 

院長の部屋から~ストレス(その3)~
2006年4月

今回からはデーターには出ない。たとえばレントゲンでも血液検査でもなんでもないのにいろいろな症状で悩んだ患者さんの例をご紹介していきます。このコーナーを読んでご自分の場合と同じようだと思ったら安心してください。治るまでの時間は個人差がありますが気の流れる道すなわち経絡を整え、体のバランスを正常にすることにより症状が改善されます。悩まず、あきらめず、どうぞご相談ください。

ストレスによる症例1
田上さん夫妻の場合 (患者さんのお名前は仮名です)

フケ
現在50歳の田上さんは「仕事大好き人間」です。仕事は不動産関係です。そして35歳で独立しました。今から15年前はまだ日本もバブルの頃で仲介もさることながら建売りも順調に進んでいました。銀行は売り物件を担保に「さ、どうぞ」といわんばかりに資金を貸してくれました。
しかしだんだん景気が降り傾向になると建売のための土地を購入しようとも銀行は貸し渋り始めました。景気のよいときにはあんなにニコニコと貸してくれていたのに・・・丁度その頃、仲の良い同業者の方が仕事の行き詰まりから自らの命を絶ってしまわれたのです。田上さんも苦しい最中でした。大手銀行はけんもほろろ・・やっと地方銀行が融資をしてくれて土地を購入し、何棟か家が出来ても今度は前のように買い手がつかず、かえって利子を払うのに四苦八苦するようになりました。その頃からフケが出はじめたのです。手入れ方法は前と変わらないのに!特に痒いということはないのですが毎日洗髪してもフケはどんどん出るのです。
田上さんの場合は、3年前に腰痛のために治療を始め、腰痛はすっかり治ってもその後、ずっと健康維持のために一ヶ月に一度の治療は続けていました。その間フケで悩んだことは聞いたことはありませんでした。 田上さんの場合は治療はもちろん続けていましたが、仕事を縮小し、また仕事が上向きになることによりやっとフケで悩むことはなくなりました。「フケがひどくてね・・・」といわなくなるまで6ヶ月かかりました。
額の湿疹
田上さんの奥様は田上さんの右腕として田上さんをサポートしていたのですが、同じ頃、額の生え際に湿疹が出来て「汗をかいたわけでもないのにどうしてかしら?」と悩んでいました。こちらも6ヶ月ほど経ち、仕事が順調になるといつのまにかおさまってゆきました。
この程度の症状で良かったと思います

 

院長の部屋から~ストレス(その4)~
2006年6月

ストレスによる症例2
芳子さんの場合(患者さんのお名前は仮名です)
足裏の痛み
3年前のお正月のことです。1ヶ月に1度健康維持のために来院している患者さんから電話がありました。「実は大変親しい友人(一人暮らし・・70歳)に新年の挨拶にと電話をしたところ、足の裏が痛くて天井見ながら寝ているの。と言うのですが何とかなりませんか」
往診しようと思って直接芳子さんに電話をしたら、下北沢まで来られるといわれたので来てもらいました。そのときは杖をついてこられました。芳子さんには子供はなく、15年前にお連れ合いを病気で亡くされてから、地域のボランティアをなさって過ごしていました。 どうも10月頃からふくらはぎのあたりが痛くなり始め、おかしいと思っていたそうです。二つのボランティアの会に属していましたが、夏ごろから人間関係がうまくいかなくなり悩んだ結果、一つの会を11月にやめました。
病院でレントゲンを撮って検査を受けたのですが何でもないといわれました。3回目の治療のときに「杖をついた方がよいでしょうか」とお聞きになったので、「つらいようでしたら使ってもいいのではありませんか」と言いますと、次からは杖無しで來院するようになりました。3ヶ月ほどかかりましたが足の裏の痛みはなくなりました。この症状もストレスによるものだったようです。その後は1ヶ月に1度健康維持のために通院しています。

 

院長の部屋から~ストレス(その5)~
2006年8月

ストレスによる症例3
篠田さんの場合 (患者さんのお名前は仮名です)
便秘
篠田氏は現在60歳。損害保険の会社に勤めて30年。5年前に、代理店としてして独立し、地域に数十店ある代理店の代表者として人望を得ていました。
業務は契約、集金、業務整理などで、毎日忙しくこなしていました。最近都市銀行でも保険業務を始めて保険会社や代理店の仕事も変化しつつあるそうです。篠田さんは話も上手で話題も豊富で、お客様との会話はとてもスムーズにこなしていました。
ある時、代理店の代表として会議のときに前もって1時間の講演を依頼されたのですが、なんと!ひどい便秘になってしまいました。
依頼されてから、毎日、朝トイレからなかなか出てこないので、心配になった奥様に「治療を受けたら」といわれてお見えになりました。
症状が出て早い時期に治療をしたので、2回の治療で便秘は解消できました。講演も無事済ますことができたそうです。

 

院長の部屋から~ストレス(その6)~
2006年10月

ストレスによる症例4
めぐみさんの場合 (患者さんのお名前は仮名です)
難聴1
めぐみさんには2人のお子さんと5人の姪そして8人の甥がいます。ご自分 のお子さんはもちろん、姪も甥も子供と同じように可愛がっていました。特 に姪の百合ちゃんは近くに住んでいたこともあってとても可愛がっていました。 それというのもめぐみさんの妹である百合ちゃんのお母さんはキャリア ウーマンで仕事がとても忙しかったのです。 勢いめぐみさんは百合さんのお母さん代わりとなっていました。 やがて百合ちゃんはやさしい男性と結婚し2人の子供に恵まれました。

便りのないのは良い知らせといわれているように人は幸せの時は、 又忙しさにまぎれて疎遠になりがちです。 百合ちゃんはとてもおとなしい子なのでめぐみさんにも特に 連絡をしてくることはありませんでした。

ところがある晩、百合ちゃんのお連れ合いから電話がありました。 ひととおり近況報告をして、「・・・ですからもう離婚しかないんです。」その 言葉を聞いたとたん、電話の調子がおかしくなったかと思うほど相手の声が遠 くになったのです。これって百合ちゃんがマタニティブルーになったというこ と?百合ちゃんには2人の子供を育てる能力がないなんて!!

しばらくいろいろあったようですが百合ちゃんのことが落ち着きました。 突発性難聴と診断されためぐみさんは耳鳴りを少し残して 聞こえるようになりました。目下耳鳴りの治療を続けています。 耳鳴りは治りにくいのでストレスを抱え込まないように気をつけたいものです。

 

院長の部屋から~ストレス(その7)~
2006年12月

ストレスによる症例5
麻子さんの場合 (患者さんのお名前は仮名です)
難聴2
麻子さんの娘の真由美さんは今21歳です。 3歳のときに高熱が出て、処置が遅かったために脳に少し障害が残ってしまいました。 しかし努力家の真由美さんはがんばって高校まで卒業することが出来ました。 ところが20歳のときに脳梗塞で左手と左足が不自由になりました。 入院先では毎日リハビリのための歩行訓練や他動運動を受けたり 自動運動をするよう指導を受けました。

その時間は言われるとおりにしても、真由美さんは率先して「運動をしよう」とはしませんでした。他の、脳梗塞をわずらって手や足の不自由な患者さんは時間があると自主的に訓練をしていました。そして、この方々がどんどんよくなってゆく様子を見ていた麻子さんは、真由美さんにも自主的に練習するよう薦めました。 あんなにがんばりやだった真由美さんも、よほどつらいらしくて決められた時間以外は練習をしようとはしませんでした。

麻子さんは、「このまま車椅子になったらどうしましょう」と悩みました。 ン? 気がついたときに皆の声がはるかかなたに聞こえるではありませんか!慌てて耳鼻科にいきました。

「お母さん、お嬢様の事はあせらずに。心穏やかにお過ごしください」といわれたそうです。

麻子さんは、真由美さんのためによいことは何でも試みようと、わたくしどもに真由美さんを連れてくるようになりました。そして麻子さんも同時に鍼の治療を受けてゆっくりした時間を過ごすようになりました。耳のほうも改善されつつあります。

 

院長の部屋から~ストレス(その8)~
2007年2月

ストレスによる症例6
半田さんの場合 (患者さんのお名前は仮名です)
顔面神経麻痺1
美容師の半田さんは30代後半です。2年後にはお店を開業する予定でした。 そこで、それまで15年以上勤めていた美容院をやめて、 何箇所か修行をしていました。

3箇所目の修行先でのことです。そのお店では半田さんは新人な訳ですから、 当然半田さんよりも年齢の若い人の言うことにも従わなくてはなりません。 誰でも自分のお店を持つことは夢です。でもそれがすぐ目前にあるとなると、 うらやましくなるのは人情です。 何かにつけて意地悪をされることがありました。

ある時、笑っても顔が引きつるようになったり、 お茶を飲もうとしても口の端からこぼれてしまうようになりました。 ストレスによる顔面神経麻痺でした。

「開業準備」を理由にそこをやめ、心療内科に通ったり、またマッサージを受けて麻痺した顔を治し、明るい笑顔でお店を始めることが出来ました。

 

院長の部屋から~ストレス(その9)~
2007年4月

ストレスによる症例7
文子さんの場合 (患者さんのお名前は仮名です)
背部の痛み
2月には職場におけるいじめについて書きましたが、いじめは本人はもちろん周りの者たちを苦しめるものです。

健康維持のために毎週治療にいらっしゃる70代後半の文子さんは若い頃は戦争で大変ご苦労をされたそうです。お連れ合いをはやくに亡くされてからは、いろいろな仕事につき一人のお嬢さんを立派に育てました。

働き者の文子さんは、50代から大学の寮の賄いさんとして住み込みで働いてきました。「背中が痛くてね」文子さんの右の背中が異常に腫れていました。寮生の一人が病気になり文子さんは親身になってお世話をしました。他人のためにそんなにまで・・・・・・とそのときは思っていました。

1年経って小学校のいじめの事が話題になったとき「うちの孫も去年大変だったんですよ」去年小学校6年だったお孫さんは学校の帰りに待ち伏せされ、学用品などは取られ道端に投げ出されたり、暴力されて背中にあざを作ってきたりで大変だったそうです。校長先生は定年を前に事を表沙汰にしたくないため親身にはなってくれなかったそうです。丁度あの頃でした。文子さんの背中が腫れて表情も暗かったのは・・・。渦中にあるときは何もいえなくなるのも確かです。どんなにか辛かったでしょう。お話してくれた時にはお孫さんも中学になっていじめからも開放されていました。もちろん文子さんの背中の腫れもなくなっていました。

 

院長の部屋から~ストレス(その10)~
2007年6月

ストレスによる症例8
宏美さんの場合 (患者さんのお名前は仮名です)
手先、足先のほてり
インターネットで当院を見つけ、問い合わせをしてきたのは37歳の事務経歴ベテランの宏美さん。小柄でスリムな彼女はずっと冷え性に悩んでいました。ところがです!一年程前から手や足の先が火照り、身体までもがなんとなく熱っぽくなってしまったのです。冬でも布団から足を出して寝る始末。婦人科、内科、そして心療内科へも行きました。結局自律神経失調症と診断されて薬が出されましたが症状は一向に改善されませんでした。宏美さんの表現によれば手や足の先がジンジン、ビリビリ火照る、ということでした。冷え性だった宏美さんが逆にあつくて困り始めた頃、会社における人事のことで夜も眠れず悩んでいたそうです。
おとなしい宏美さんは仕事で忙しそうにしているお連れ合いにも相談できず一人で悶々としていて、気が付いたらそのような症状になっていたそうです。「手先、足先が感覚のないほど冷えるのもつらいものですが、熱いのもつらいんです」と宏美さんは大きなため息で話してくれました。
治療して全体の気の流れを整えることにより6回の通院でジンジン、ビリビリ感は全くなくなりました。プラス35日周期だった生理もきちんと28日周期になったとおっしゃいました。初めは週に1度の治療でしたが、だんだん間を空けて今は月に1度健康維持のために通院されています。

 

院長の部屋から~ストレス(その11)~
2007年8月

ストレスによる症例9
菊池さんの場合 (患者さんのお名前は仮名です)
側腹部の痛み
身体の左脇が痛くて、どうにかなりませんかと訴えてきたのは20代半ばの菊池健二さん。 それまでにも同じような場所の痛みを訴えてきた患者さんがありました。一人は雪が降ってきたのでテラスにある重い植木鉢をいくつも部屋に入れた為、もうひとかたは引越しの荷作りとそれを移動した為。どちらも普段使っていない筋肉を使ったことによる筋肉痛でした。
健二さんも何かそのような作業をしたのではないかと訊ねたのですが、心当たりはないとのことでした。ただ結婚を前に父親と議論になりかなり思いつめてしまったそうです。選んだお相手を父親にあまり気に入ってもらえず、やさしい健二さんは板ばさみになりストレスになったようです。心の中のわだかまりを話し、充分な治療を施され、健二さんは結婚についてもう少し時間をかけようと気を取り直しました。明るい顔になったとき左脇の痛みも消えていました。

 

院長の部屋から~ストレス(その12)~
2007年10月

ストレスによる症例10
三枝さんの場合 (患者さんのお名前は仮名です)
舌が苦い
三枝さんは50代半ばの清楚できれいな方です。30代でお連れ合いを心筋 梗塞で亡くしてからは一人で仕事をして生きてきました。7年前に初めて50肩 に悩んで来院し、治ってからは月に一度健康維持のために通院しています。
3年程前のことです。妹さんと同居していたお母様が亡くなる前あたりから口 の中の感覚が変になり、舌が苦く感じるようになりました。
二人きりの姉妹なのに、二人でお母様を思うあまりボタンの掛け違いから始ま った仲たがい!仕事が休みのたびにお母様を訪ね何かと気は遣っていたのですが、 姉であるのに妹に母親の世話をしてもらっている心苦しさはつねに感じていたそ うです。
このような症状は「日にち薬」と昔の人は表現していましたが、治療もさること ながら時間が治してくれるものです。お母様が亡くなってから姉妹の仲も次第 にもとにもどり、それにつれて舌の苦さもいつの間にかなくなっていました。 きっと天国でお母様も喜んでおられることでしょう。

 

院長の部屋から~ストレス(その13)~
2007年12月

ストレスによる症例11
重田さんの場合 (患者さんのお名前は仮名です)
胃の痛み
重田氏は大手印刷会社にお勤めの50代の方です。
3年程前から緑内障による視野狭窄症になってしまいました。先のことを思うと落ち込んで胃が痛くなり姿勢も前かがみ状態になってきました。そして下痢状態も続きました。

落ち込んでばかりもいられないと思い立って、仕事は続けながら鍼・灸・指圧の学校に通い資格をとりました。前向きに積極的にがんばっても先のことを考えるとやはり憂鬱になってしまったそうです。
3年間仕事と学校を両立させ、疲れもたまっていた頃に当施術所に治療に いらっしゃるようになりました。
癒しの空間で治療を受けることは、仕事やさまざまなことをを忘れること が出来る時間を持つことでもあります。
その後下痢もしなくなり、胃の痛みも和らいできたのか背筋が伸びてきて います。

 

院長の部屋から~ストレス(その14)~
2008年2月

ストレスによる症例12
典子さんの場合 (患者さんのお名前は仮名です)
のどの奥の痛み
2006年12月から2007年1月にかけて、典子さんの会社はとても忙しく、正月休みも暮れの30日から新年3日までと暦どおりでした。おまけに、休み明けは帰宅が連日9時10時ということがありました。
「少し休みたいなあ」と思いながら、2月になって、風邪でもひいたのかしら?というような感じで、喉の奥がつかえるようになりました。インフルエンザが流行し始めていたこともあって、早いうちにと仕事の合間をぬって耳鼻咽喉科で診察を受けましたが、特に風邪ではないといわれました。でも気になるので、今度は内科を受診しましたがそこでもデータとしては何でもありませんでした。内科医からは診療内科を受診するように勧められました。素直な典子さんは心療内科の門を叩きました。ここでは精神安定剤が処方され、2週間ほど服用しましたが症状は改善されませんでした。
その頃、インターネット上で「喉の痛み」という項目で検索したところ、一人の女性の経験談が載っていました。
その女性も同じように、何処へ行っても痛みの症状が取れなくて最後に鍼治療を受けて、やっと喉の奥の変な痛みから解放されたとのことでした。来院なさった典子さんも鍼治療できっと治ると期待をもっていらしたわけです。
1回の治療で痛みの変な感覚が3割方軽くなったそうです。少し仕事も楽になってきたので、相乗的によくなると思います。仕事がきつくてやめたい・・・というわけではないのですが、「ちょっとでいいから休みたい」そんな気持が身体に痛みという形で訴えていたのです。

 

院長の部屋から~ストレス(その15)~
2008年4月

ストレスによる症例13
村田氏の場合 (患者さんのお名前は仮名です)
難聴
都市銀行に勤める村田氏は帰国子女で英語・イタリア語・フランス語などをこなす優秀な青年です。素敵な敬子さんと出会い、結婚をしました。 銀行では海外出張や、また国内においても、関西方面や九州地方への長期出張などがよくありました。
お子さんにも恵まれ、すべてがうまくいっていたはずなのに・・・・敬子さんが育児ノイローゼ から軽いうつ病になってしまいました。 実家は遠方で、しかも親も身体が弱いため家事の手伝い に上京することは無理でした。 優しい村田氏は見るに見かねて、でも仕事は休めないし・・・・・そんな時赤ちゃんが泣いているのに気づかないでいる自分にびっくりしたそうです。
耳鼻科に行くと「突発性難聴」と診断されました。 そこで、村田氏は理解ある上司に相談し、しばらく休暇をとって身体を休めることにしました。
敬子さんとも向き合い、いたわることで、村田氏の心は休まりました。 また敬子さんにとっても、支えになってくれる村田氏の存在を認識することができ、その結果、うつも快方に向かっています。

 

院長の部屋から~ストレス(その16)~
2008年8月

ストレスによる症例14
千葉光子さんの場合 (患者さんのお名前は仮名です)
湿疹
光子さんは、美しくやさしく、そして優秀でなんでもこなす方です。
疲れて、「肩こりを何とかしてほしい」と当院を訪れるようになって5年になります。
忙しいので定期的に通っているわけではないですが、疲れがたまると「何とかしてくださいー」と電話がかかります。
 普通のときはなんでもないのですが、あるとき気がついたことは、責任あるイベントの前に肘の内側に湿疹が出るのです。そして治療もさることながら、そのイベントが終わると、スーッとその湿疹が消えてしまうのです。 今では「また出てしまったんです」と笑いながら、その責務の終わるまで何とか我慢をしています。
自分の意識ではなんでもなくこなしていると思うことが、実は体の方は少し悲鳴を上げているのだと思います。光子さんはまだ38歳という若さなので、忙しいときは身体を休めながら難しいこともこなしています。

 

院長の部屋から~ストレス(その17)~
2008年8月

ストレスによる症例15
白崎氏の場合 (患者さんのお名前は仮名です)
下痢
 ストレスによって下痢になる人は案外多いようです。  現在は腰痛の治療に通っている白崎さんは長いこと下痢に悩んでいたそうです。 彼は大変成績優秀で小学校の頃からずっと3番を下らないというほどでした。 「末は博士か大臣か」と期待されていたそうです。
でも本当は、大変に繊細でした。級長だった小学生の頃は、遠足や運動会の前になると、責任を感じて必ず下痢になってしまったそうです。
その後ストレートで東大に入学し官庁に就職しました。しかし自分が期待していた職場と違っていたため辞めてしまいました。
実家の仕事を手伝うようになっても性に合わないせいか下痢は止まりません。
そこで、実家の仕事からも手を引き、ビルの管理会社に勤めることになりました。 この仕事は白崎氏にあっていたようで20年以上も続いていた下痢がおさまったそうです。そして定年後の今は好きな釣りやサイクリングをして楽しんでいるそうです。

 

院長の部屋から~ストレス(その18)~
2008年10月

ストレスによる症例16
克子さんの場合 (患者さんのお名前は仮名です)
指の湿疹
克子さんが来院されたのは10年前のことです。症状は全身の疲れ、特に肩こりと腰の痛みでした。話を聴いてみると次のような環境にありました。
克子さんは一人娘さんで、実家は秋田にあり、病院を経営していました。克子さんは東京の学校を卒業して東京の方と結婚し、秋田で病院を継ぐという道は採りませんでした。 お父様が元気なうちは良かったのですが76歳のときに過労からたおれてしまいました。まさに「医者の不養生」というところでしょうか。やはり70歳を過ぎてあまり丈夫ではないお母様がお世話をしていたのですが克子さんは一ヶ月に一度は、一週間ほど応援に秋田まで行っていたそうです。
 また、お子様はフランスで結婚してフランスで出産をなさったそうです。克子さんはそちらへも応援に駆けつけました。その合間には地域のボランティアとして活躍もなさっているそうです。身体が悲鳴を上げないわけがありません。
その忙しい中、当クリニックへ来院、二週間に一度治療を受けておられました。なんとか身体は軽くなりました。ただ、左手の薬指の一部の皮膚がかさかさになりむけてしまうのです。抗生物質でも良くなりません。
その指が良くなったのは二年経ってお父様がお亡くなりになってからでした。聡明で治療を受けながらも健康を維持して頑張っていた克子さんでしたが一人何役もこなしていたストレスが皮膚の症状になって現れていたのだと思います。

 

院長の部屋から~ストレス(その19)~
2008年12月

ストレスによる症例17
市川耕太氏の場合 (患者さんのお名前は仮名です)
身体の湿疹
体中蕁麻疹のように盛り上がった湿疹が出、さらに肩や腕に激痛が走るようになりました。皮膚科に行ったところ感染症ではないかと診断されました。
しかし先生は腕の痛みとの関連性は分からないとおっしゃたそうです。 耕太さんは39歳で、家族は奥さんと子供三人、おばあさんとお母さんそして耕太さんの弟の8人家族です。
 家でコンピュータ関係の仕事をしています。彼の奥さんも家でデザイン関係の仕事をしています。子供はまだ小さいので,あるときは耕太さんがおんぶしてパソコンに向かうこともあります。 家族も仲良くうまくいってます。
そんな時ホームページでみて、鍼治療がいいのではないかと相談に来院しました。治療をしながら聞いてみると上記のような生活環境だったわけです。「ずいぶん頑張っているのね。大変ですね」の言葉に「そうなんですよ」と実は今までご自分でも気づかなかったストレスに大きくため息をついていました。たった3回の治療で体と心がほぐれて腕の痛みは消え去りました。湿疹もうそのようになくなりました。自分の身体をいたわりの気持ちで見つめてあげることがきっと効を奏したのだと思います。
今も近くの鍼院で一ヶ月に一度休息がてら治療を受けているそうです。しかも奥さんにも一ヶ月に一度鍼治療を受けるように薦め、その間は耕太さんが子供を見ているそうです

 

院長の部屋から~ストレス(その20)~
2009年2月

ストレスによる症例18
平井 崇氏の場合 (患者さんのお名前は仮名です)
めまい、立ちくらみ
35歳の一流会社のバリバリエリートサラリーマン。日本国内はもちろんヨーロッパやアメリカへも出張することが多く、しっかり仕事をこなしていました。上司からの信頼は厚く、部下からもとても慕われていました。休日にはサーフィンをしたりサッカーのチームにも属していて、気分転換をしていました。
 ところが時々ふっと頭の中が浮くような、空っぽになるような感じがするようになりました。また後頭部が張った感じになることもありました。心配になって脳ドックに入り検査を受けました。でも何でもありませんでした。
全身を拝見してみると、身体は冷えているし肩はこりにこっていました。全身の治療をし、めまいや頭痛のための鍼もしました。月に一回から二回来院し、3ヶ月ほどたつと全身に気がめぐり、そのような症状がなくなりました

 

院長の部屋から~ストレス(その21)~
2009年4月

ストレスによる症例19
笹本容子さんの場合 (患者さんのお名前は仮名です)
掌の湿疹と指先の荒れ
現在65歳の笹本さんは地方公務員として40年間高校の先生していました。途中、結婚出産という時期もありましたが、3年前に順調に定年を迎えました。お連れ合いも高校の先生で定年後も非常勤講師として続けています。一人息子の啓太君は32歳。コンピュータ関係の仕事をしています。
 この啓太さんがどういうわけか2年ほど前から会社を休むようになり家にひきこもるようになってしまったのです。啓太さんがこの状態になって1年ほど経ち、母親である容子さんの身体に変化が現れだしたのです。
眠れなくなり、掌全体に湿疹ができ指先も荒れてひどくなりました。啓太さんの会社は良くなるまで復帰を待つ言ってくれるのですが、啓太さんにはそれも苦痛のように見える、と容子さんは悩んでいました。
もう治る、もう治る、と思い込んでいた容子さん。しかし時間がかかりそうだ、ということを友達や専門家に何度も言われ、だんだん気を楽にして待とう、と思うようになりました。
容子さんはそのように自分で納得するようになってから掌の湿疹は消えてゆきました。ただ、まだ指先が荒れている状態は続いています。息子さんが社会復帰できたら洋子さんのゆびさきも、もとのようにきれいになると思います。そう祈っています。そのときはまたご報告しましょう。

 

院長の部屋から~ストレス(その22)~
2009年6月

ストレスによる症例20
山倉純一氏の場合 (患者さんのお名前は仮名です)
メニュエール
 41歳の山倉氏は5年前に難聴になりました。仕事上の人間関係によるものではなかったかと本人は言ってました。そして6ヶ月前にひどいめまいになり大学病院で受疹しメニュエール氏病と診断されました。一ヶ月入院して症状はやや軽くなりましたがめまいが時々するのでだんだん自信がなくなり始めていました。
そんな時、鍼治療がよいと聞いて来院されました。
経過はゆっくりですが改善されています。めまいを主訴に来院された中では一番重症のようです。半年ほどの治療でめまいはほとんどなくなりましたが、よく気をつけてみると、仕事上の忙繁期後にめまいが断続的に出ることが分かりました。ストレスと、肩こりによるものと考えられます。仕事をしないというわけにはいきませんが、健康であってこそですからご自分の身体を見つめながら、大切にしながら生きていってほしいものです。

 

院長の部屋から~ストレス(その23)~
2010年6月

ストレスによる症例21
藍田先生の場合 (患者さんのお名前は仮名です)
顔面神経麻痺
 院長の先輩の鍼治療師の話をご紹介します。先輩の藍田先生はもう30年以上のベテラン治療家です。その藍田先生が鍼師になってまだ1年目くらい、治療家になりたての頃、欝の患者さんに接して下瞼がぴくぴくと痙攣するようになりました。その顛末です。
健康維持のために来ていた山口さんの従妹が欝になり、藍田先生が治療を始めました。外出が出来ないため往診することになりました。5回くらい往診した頃、約束の時間に訪問しても留守で、30分位して電話をすると在宅している、ということがありました。そして戻って治療をしたのだそうです。
あるとき胸のしこりに気づき「検査を受けてみては」と提案したところ、(鍼灸師は病名とか診断は法律上してはいけないことになっています)「そんなことは頼んでいない」と言われ、結局その方の往診治療はそれきりになってしまいました。
藍田先生が、瞼がぴくぴくするようになったのは、『そんなこと頼んでいない』といわれた頃でした。
この話には後日談があるのです。実は、後になってからの山口さんの話によれば、やはり従妹の方は乳癌でした。早期発見が幸いし、軽くてすんだそうです。
藍田先生は別の治療院で鍼治療を受け、3回の治療で瞼の痙攣はおさまりました。ストレスによるものでした。

 

院長の部屋から~ストレス(その24)~
2010年9月

ストレスによる症例22
介護士・康子さんの場合 (患者さんのお名前は仮名です)
顔面神経麻痺~娘さんの離婚話に心を病んで~

特別養護老人ホームで働く康子さんは自分自身の健康管理のためにい1ヶ月に一度来院しています。入浴介助の当番のときは、一日で30人近くの方の介助をしています。便利な介助用品も開発されているとはいえ、なかなかの重労働です。又、時にはデイケアでホームに来るお年寄りにリハビリの指導などもしています。 そのお年寄りのために送迎の小型バスの運転もしています。そんな康子さんはいつも元気でニコニコとしているのですが3ヶ月前に来院した際に「先生、なんだか目の上のところがピクピクするんです。」ン?顔面神経麻痺?「何か悩みがあるんではないの?」と訊ねたところ、「そうなんです、娘が赤ん坊を連れて帰ってきてるんです」
あまり詳しく聞きませんでしたが、二ヵ月後に来院した時はさっぱりした顔で「娘は離婚したんですよ」と報告されました。働く娘さんのためにも保育園へ赤ちゃんを迎えに行ったり、介護士の仕事以外にも用事は増えました。でも娘さんが悩んでいるときの母親としての精神面での苦しみから解放されて目の上の痙攣も治まりもとの元気な康子さんに戻ったのです。

 

 

院長の部屋から~ストレス(その25)~
2010年11月

ストレスによる症例23
圭子さんの場合 (患者さんのお名前は仮名です)
顔面神経麻痺

 院長は一月に一度特別養護老人ホームで働くワーカーさんのためにボランティアで鍼治療をしています。しっかりして明るい圭子さんが「このごろ目の下がピクピクするんです」と困った顔で訴えてきました。  長年、老人ホームで働いてきた圭子さんは最近単なるワーカーではなく、ケアマネージャーの資格を取りました。在宅老人のために患者さん自身や家の方の意見、要望を聞いて介護度を決めたりする仕事です。  ところが老人の方の要望と家の方の希望する内容が異ったり、支援する範囲に限界があったりで、最終結論を出す立場にいる圭子さんは板ばさみになり如何してよいかと悩み、とうとう眠れなくなってしまいました。治療により、一時的には目の下の痙攣はおさまりましたが、結局、先輩のケアマネージャーの方に相談をしてよいほうに解決しました。このように心の問題が身体に

院長の部屋から~ストレス(その26)~
2011年1月

ストレスによる症例24
雅子さんの場合 (患者さんのお名前は仮名です)
耳の中でボーーと音がする

 健康維持のため3年ほど月に一度の治療に通ってきている75歳の雅子さんが「先生、このごろ耳の中でボーって音がするんです」と訴えました。「何かあったの?」と訊ねると、「実は長年合唱団に参加しておりましたが、今まではずっと楽譜を見てもよかったのに次回の発表会からは譜面を見ないで歌いましょうと言われてびっくり!したんです。」
「エーっ。出来ないわ」と悩んだそうです。そして気がついたら耳の中でボーといっているように感じたそうです。ではどうしましょう?二人で考えた末、あまりよいこどではありませんが、小さな紙に歌詞を書いて持っていったらどうでしょう、ということになりました。コンサートまでの練習時にはこっそり見て歌っているうちに、歌詞を覚え、当日はカンニングペーパーをみなくても歌えたそうです。そしていつの間にか耳の中でボーっと言う音も消えていました。

 

院長の部屋から~ストレス(その27)~
2011年3月

ストレスによる症例25
静江さんの場合 (患者さんのお名前は仮名です)
体が冷たくなる

開所当時から健康維持のために1ヶ月に一度は通院している静江さんは3年前にお連れ合いをなくされました。
それまで元気で一人暮らしをしていたお義母様が、息子さんに先立たれて気が弱くなり、また92歳という高齢でもあったので長男が引き取ると意見を出しました。 しかし、どう考えても狭いお宅だったので、普段から仲のよかった次男の奥さんである静江さんが同居することになりました。 1、2年は仲良く暮らしていました。しかしある日突然、静江さんとの会話を無視するようになったのです。「何か食べたいものある?今日はお散歩をどこに行きましょうか?」という問いかけにも一切答えず、そっぽを向いたままでした。食事は仕方なく部屋に運ぶとそれは食べてあるのだそうです。いったいどうしたのでしょう??治療のときの静江さんの肌はいつもと違ってひゃっとするほど冷たく夏というのに手先足先も冷たいのです。
二ヶ月ほど経ってお義母様の態度は始まったときと同じように、突然元に戻りました。夏の間の「脱水」が大きな原因で精神に異常をきたしていたようです。お義母

院長の部屋から~ストレス(その28)~
2011年5月

ストレスによる症例26
康代さんの場合 (患者さんのお名前は仮名です)
体むずむず症候群

30代の康代さんが当院をたずねてきたのは2月の中ごろでした。

足の膝と外くるぶしの間あたりの外側で時々何かむずむずと動いているように感じるのだそうです。気持ちが悪くて、外科の扉をたたきレントゲンを取ってもらったり、MRIで調べてもらったりしました。データはなにもありませんでした。でも何か変なんですとお医者様に訴えたそうですが、先生は首をひねるばかり。とうとう「心療内科を受けて御覧なさい」と勧められたそうです。

でも・・・そこで心療内科へ行く前に西洋医学ではなくまずは東洋医学へ行ってみよう とネットで調べてきたというわけでした。 とかく寒いときは気の流れがとどこおりやすく、人によっては足などつったりします。康代さんの場合は気の流れるみちが寒さとかストレスで塞がってわき道にルートを作ろうとしていたのです。大雨が降ったときに別の方向に流れが行く様子をイメージしてください。

ではどうしたらよいでしょうか?正しい道に流れを導いてあげればよいのです。康代さんも一度の治療でむずむず感はなくなりました。当院では鍼と暖かいローラーで体全体を暖めることによって『気』の流れる道が開けすっと流れが良くなったのです。‘春になると小川の水もさらさらと流れるように’その道は目には見えませんが東洋医学で言うところのき『気』『血』『水』の『気』なのです。

又、人によっては「むずむず感」ではなく「ポワン」とした暖かいものが湧き出るような感覚のこともあります。

 

院長の部屋から~ストレス(その29)~
2011年7月

ストレスによる症例27 突然の下血(その1)

68歳のの春子さんと63歳の亜紀さんは大変仲のよい姉妹です。二人の父親は5年前に他界し87歳の母親は春子さんの家から5分ほどのところに住んでいました。ところが最近少し記憶がおかしくなり毎日様子を見に行っていた春子さんもあまり身体が丈夫でないため疲れが出てきました。母親の介護認定は「要支援」ということでしたのであまり介護保険制度を利用する事はできません。
 春子さんの負担も日増しに大きくなってきました。亜紀さんは2時間かかるところに住んでいるので頻繁に来ることはできません。そこで、春子さんは介護付のホームを検討してみました。
よく検討してからと思って、亜紀さんにはまだ話さないでいましたところ、どうしたわけか亜紀さんの知るところとなり、「そんなに大事なことを勝手に決めてと」怒ってしまいました。
春子さんにしてみれば色々調べてからの積もりなのに・・・・・・今まで仲が良かっただけにどうしたものか・・・話し合いをしようと思っても応じてくれません。眠れない日が続き、あるとき下血してしまいました。びっくりしてすっかり検査をしたのですがどこもなんともないのです。春子さんの夫が心配して、春子さんと亜紀さん尾話し合いの場を設け、ようやく誤解であることが明らかになりました。春子さんに笑顔が戻り、亜紀さんとともに、母親のホームについて準備を始めまし

院長の部屋から~ストレス(その30)~
2011年9月

ストレスによる症例28
突然の下血(その2)
加藤ご夫妻の場合

加藤民雄さん、かずえさん夫妻は40代後半の大変仲のよい夫婦です。結婚して20年以上になります。子供には恵まれませんでしたが,それぞれに責任のある仕事につき,時間の許す限りは趣味の陶芸やサイクリングなど一緒のときをすごしていました。ところがある時、とんでもないことをかずえさんに告げた知人がいたのです。
「民雄さんに愛人がいて赤ちゃんまでいるらしい」と。
 20年以上も仲良く暮らし一度も民雄さんを針の先ほども疑ったことのないかずえさんはびっくり仰天。そういえば出張も多かったし・・・・・、日曜日も仕事と言っては出かけていたし・・・・・・、不況だからと給料は減っているし、・・・・・・・思い浮かべるとおかしなことばかり。でも丁度かずえさんも大事なプロジェクトを任されていたので心を乱されたくありませんでした。その仕事が一段落したら、ちゃんと問いただしてみよう。そう心に決めて普段どおりに過ごすことにしました。
でも顔を合わせるのが辛くて、食事の時間や、帰宅時間を調整してできるだけ一緒にいる時間を避けていました。民雄さんにしてみれば、「なんか変だな」と思いながらも「忙しくて大変だね」としか言いようがありませんでした。
1年ほど経ち、かずえさんのプロジェクトも終了したので、そろそろ確かめよう思っていた矢先のこと。民雄さんが突然下血したのです。1週間ほど入院してすっかり検査したのですが原因は分かりませんでした。家に帰って、民雄さんが寂しそうにぽつりと言いました。
「君は僕が嫌いになったの?この一年僕は無視されていたようで辛かったんだよ。」
下血は止まったとはいえ、退院したばかりの民雄さんにかずえさんは思わず「だって、私も辛かったの。」
理由を話すと、民雄さんはほっとした顔で言いました。
すっかり忘れかけていたけれど、それはお得意様の奥様とお子さんで、お得意様が単身赴任中、赤ちゃんが急病になったそうです。東京に知り合いもいないということで、頼まれて病院の手続きなどしていたということでした。
民雄さんからすれば、よく言うところのネグレクトをかずえさんにされていたのです。民雄さんはかずえさんの態度がストレスになり下血という症状が出ていたのでした。お互いに気を使い、言葉が足りなかった為に起こった出来事でした。以後なんでも話すことになった民雄さんとかずえさん。もちろん下血もそれ以来ありません。

院長の部屋から~ストレス(その31)~
2011年11月

ストレスによる症例29 湿疹に悩む
東日本震災から8ヶ月が経ちました。
被災された方たちを思うと胸が重くなります。

邦子さんの息子さんはエンジニアである大手の会社にお勤めしていました。この災害でかれの勤務する工場が流され復旧の見通しが立たず東京の本社に来たのですが仕事がなく自宅待機となりました。
 気がつくと邦子さんの背中や手などに湿疹が出ていたのです。息子さんはまだ独身で、東京では邦子さんの家に滞在しています。
今後の見通しのつかない息子さんを思いやる邦子さんの悩みがおそらくこうした形で身体に現れたのです。皮膚科ではアレルギーの体質を持っていたのが今回の震災が引き金となって出たのではないかと診断されたそうです。薬も出たそうですが、症状はあまり好転していないそうです。息子さんの進路の見通しがつくのを祈ってい